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二〇〇七年春の俳句(一)

薄氷を割つて泥水溢れ出し+
 
白魚の胃の中ごろで静まりぬ
 
公魚の釣られてすぐに氷けり
 
梅日和眼下の人の昼餉かな
 
なやらひの空つかむ手の多きこと+
 
梅東風の吹く探幽の墓にをり*
 
本門寺辺り一面梅の風
 
薄氷の右へ右へと流れ行き
 
冴返る無数の穴の石ひとつ
 
一日を若布とともに漁師あり
 
冴返りたる一木のうなりかな+
 
東西の桜の餅に違ひあり
 
春の潮大きな松の続きをり
 
猫の恋隣の猫の悠々と
 
野路ゆけば右も左も犬ふぐり


二〇〇七年春の俳句(二)

啓蟄の川底のぞきゐたるかな
 
いろいろの鳥のきてゐる春田打
 
鳥曇男ばかりの鮒の池
 
竹の風向かうに梅の風のあり
 
雛祭よばれてみんなすまし顔
 
道迷ふことも楽しき桃の昼
 
菜の花や翁と田のこと唄のこと
 
春耕の翁に鳶の影さして
 
鞠はづみ春分の日の音となる*
 
春玉子透かしていのち届くかな*
 
春疾風木はそれぞれの音をたて
 
小石川後楽園のかすみをり
 
吐く息のまだまだ白く春の泥
 
利根川をひとつ超えたる余寒かな*
 
白梅のときどき散つて美しき*


二〇〇七年春の俳句(三)

一本の木に集合や春の午後
 
二月の高層ビルを磨く人
 
赤煉瓦倉庫春燈こぼしをり*
 
北開く開港記念館にをり
 
春の雨メリーポピンズのやうな人
 
よき位置に海見えてゐる春館
 
白木蓮雨のち晴れの白さかな*
 
表札の同じ名ばかり春祭
 
土塊と向きあつてゐる遅日かな+
 
あたたかや雨にふくらむ潮の風
 
連獅子や風の中なる雪柳
 
咲くものと散るもの絶へず四月かな
 
墓原も楽しきところ四月かな
 
山吹のまぶしき黄なり九品仏
 
筆もちて場所定まらず花の中


二〇〇七年春の俳句(四)

実直な車内放送春うらら*
 
四、五人で見上ぐる墓の桜かな
 
さへづりのもととなる木を見つけをり
 
目つむりて落花や風の匂ひかな
 
春の日の歯は健康に磨かれて
 
煎餅の噛み砕かれて春深し
 
霾ぐもり兎の鼻のうごめける
 
ねむりゐる兎に落花ありにけり+
 
江戸よりの和船守りて春深む
 
春水の流れのままに荷足船+
 
飛石へ白砂立ちて春深し
 
白藤のにほひここまで朝の風
 
江ノ島の岩壁白く夏近し
 
葱坊主関東ローム層に生れ


二〇〇七年夏の俳句(一)

何といふことなき広場風薫る*
 
木登りの少女の手足聖五月
 
南吹くブリキのおもちゃ売られをり
 
楠若葉港近くの館かな
 
風薫る港は白く光けり
 
青嵐長き廊下を渡りけり
 
初夏の雛の真白き産毛かな+
 
枇杷青し土蔵母屋へつづく道*
 
夏帽をかすめてゆきしつばくらめ
 
葉洩れ日の中一皿の苺かな
 
沿道を少しはなれて桐の花
 
柚子の花触れて指先よき香かな
 
干し竿の撓んでをりぬ柿若葉
 
初夏のものみな青き一日かな
 
集ひしは竹の落葉の風の中


二〇〇七年夏の俳句(二)

紅刷いて大山蓮華開きけり
 
釣糸の一閃青む五月かな
 
田代掻く眼鏡に泥の撥ねてをり
 
大甕に水を満たして朴の花
 
蜥蜴にも蜥蜴の道や山祠
 
子の靴の脱ぎ捨てられし代田かな
 
道行けど行けども青し卯月かな
 
明易し書はそのままに伏せ置かれ
 
じやがたらの花咲くところ校舎あり*
 
釣竿はそのままにして昼寝かな
 
終点は何といふ駅五月かな
 
初夏の下ろしたくつの履き心地
 
根は深き浜昼顔に足とられ
 
父うちわ母クーラーで過ごしけり
 
籐椅子に足組む人の昼寝かな


二〇〇七年夏の俳句(三)

日盛の音消えてゆく町の中
 
風少し青水無月の橋の上
 
曲芸の紙吹雪散る芒種かな
 
東京の緑蔭として浜離宮
 
夏足袋の飛んで跳ねたる神楽かな*
 
寺の軒借りて築地の初鰹
 
ひろびろと机を使ふ夏座敷*
 
日盛に枝切る音のつづきをり
 
玉砂利をパラソルが過ぎ下駄が過ぎ
 
風薫るビルも港も近きかな
 
日盛の汽笛二回や出航す*
 
青萩や僧つぎつぎと塔の中
 
汀まで来て揚羽蝶見失ふ
 
幼き手合はせてをりぬ額の花
 
南風や丘なれば町見下ろして


二〇〇七年夏の俳句(四)

昼顔や風吹いてゐる文士村
 
金亀虫大坊坂に転がりぬ
 
だんだんに大粒となり夏至の雨
 
海紅豆弁財天の朱々し
 
江の島や海へ向かいて四葩咲く
 
文字少しふくらんで見え梅雨湿り
 
あぢさゐを活けて明るくならぬ部屋
 
射干や少し冷たき池の風
 
滝風に肌はなれゆく暑さかな*
 
万緑となりたる庭の端にをり
 
滝浴びの山の子の歯のまつしろく
 
水底はしづかなところ山椒魚
 
沈みをる山椒魚は夜動く
 
青桐やだらりと眠る獣どち
 
反り返るままにポスター梅雨湿り


二〇〇七年夏の俳句(五)

大学はどこも緑の濃きところ
 
汗みどろ少年は水旨そうに
 
七月の白球を追ふ雨の中
 
トラックの白線光る梅雨晴間
 
トラックを日焼の足の一周す
 
お習字の紙吊るされて梅雨晴間
 
古寺に目高飼はれてゐたりけり
 
宇宙より帰還せしもの目高かな
 
ロケットや夏雲を突き抜けてゆけ
 
白靴や恐竜と足比べをり
 
青楓いつか化石となることも
 
明易し宇宙と同じ海の底
 
水無月やアンモナイトの大中小
 
梅雨の蝶重なり合うてふるへをり
 
山深く滴るところ鳥獣


二〇〇七年夏の俳句(六)

黴臭き部屋に集ひし句会かな
 
広ければ広きところへあめんぼう
 
花びらのやうに水面へ梅雨の蝶
 
虫喰ひの山門梅雨の湿りかな
 
のうぜんをまづ見上げをる山の寺
 
病葉を踏みて鎌倉雨の中
 
ショーウィンドーに白百合とワンピース
 
混みあつて進めずプール浮くばかり
 
もう迷ふことなき道の百日紅
 
山あれば水湧くところあめんぼう
 
なかなかに開かぬ踏切大暑かな
 
茅葺きの雨ためて落つ梅雨晴間
 
睫毛まで砂粒つけし水着の子
 
波際で打ち返へさるる泳ぎかな
 
布袋草小さき魚の住み所


二〇〇七年夏の俳句(七)

黒揚羽前へ後ろへ草田男忌
 
黴臭きところに仁王立つてをり
 
よき風を日傘のうちに九品仏
 
そこに建つ家は西日のあたる家
 
黒点となりて人をる夕焼かな
 
雲の峰よりはなれ行く雲ひとつ
 
乗船の切符桃色夏深し
 
窓際に陣取り夏を惜しみけり
 
逝く夏を太平洋の端にをり
 
横腹に晩夏光あり氷川丸*
 
西日濃き山の家よりピアノかな


二〇〇七年秋の俳句(一)

八月や短き船の旅を終へ
 
十時打つからくり時計今朝の秋
 
遠州の空も三河も鰯雲
 
鰯雲みすずのうたを口づさみ
 
からみあふ仙人草や秋暑し
 
鬼やんま右に眼を動かせり
 
案山子にも胸のふくらみ宇陀郡*
 
八朔や山神さまに木の魚
 
甲斐越えて木曾へいたりぬ黍嵐
 
邯鄲や温泉街のはづれにて
 
露草の色を深める山の水
 
松手入これより山の色づきぬ
 
朝顔や四股踏む音のさつきまで*
 
四阿を高きに配し水の秋
 
二学期の朝の流れに逆らひぬ


二〇〇七年秋の俳句(二)

靴嫌ふ子に靴履かせ秋の風
 
コスモスや時刻表などゐらぬ駅
 
家々に牛乳置かれ稲の花*
 
寝不足の旅の朝餉のとろろかな
 
本堂の隅々にまで盆の月
 
きちかうや小学校は木曾を背に
 
邯鄲や木曾の夜風をうけてをり
 
釣人は打たるるままに秋の雨
 
葛咲いて木曾の川底翠かな
 
露草や錠しっかりと海鼠壁
 
お砂場に靴かたつぽや秋の蝶
 
この声のだんだん高く秋の昼
 
露草や雨に濡れたる火伏札
 
雨風に散れば踏まれし草の花
 
鰯雲映して大きにはたづみ


二〇〇七年秋の俳句(三)

賢治忌の草鉄砲を鳴らしけり*
 
やつちや場のしづかな昼や秋の蝶
 
ぼうふらのまだまだ動く秋暑かな
 
それぞれの花を手向けて秋の昼
 
銀杏を拾ひ踏みゆく社かな
 
行き交うて千住大橋九月かな
 
残る蜂少し語らふ木椅子かな
 
天高し刑場跡の煙かな
 
破れ芭蕉解体新書ふところに*
 
まだ先はうすみどりなる式部の実
 
蓮の実の飛んで深さを知りにけり
 
軒瓦ところどころに草の花
 
竹の春雨を弾いて光りけり
 
雨粒に水引の花ふくらめり
 
天高し富士江ノ島へ迫りけり


二〇〇七年秋の俳句(四)

秋天や港の手入れ怠らず
 
釣果など気にしてをらず秋の海
 
何の実か割つてをりけり秋うらら
 
晩秋や膝を抱えて椅子の上
 
沈まんとする日の力秋の潮
 
廃屋の裏手蘇鉄の末枯るる
 
頬に日の光を寄せて冬支度
 
残る蠅小さき水の玉吸うて*
 
軽々と松より下りぬ松手入れ*


二〇〇七年冬の俳句(一)

思ふやうにボート進まず日短*
 
糶すでに終へし市場や都鳥
 
玉子塚すし塚もあり石蕗の花
 
水真中動かぬ魚や石蕗の花*
 
べたべたと明るき遊具日短
 
船蔵に閂かかり石蕗の花
 
初冬のうすき光に虫よぎり*
 
凍鮪石の如くに切り出せり*
 
床に落つままに動かぬ海鼠かな
 
鰹節屋煙を上げて小六月
 
神の留守鴨場の水の濁りをり
 
雨の後地層あらはに石蕗の花
 
打つこともなく冬の蚊を見てをりぬ
 
冬紅葉お不動さまを明るうし
 
冬の日といへども髪のあつくなり


二〇〇七年冬の俳句(二)

境内に水音を聞く神の留守
 
片側の泥濘む道を小六月
 
何となくみくじ引きたる冬帽子
 
裸木をまだ這ひのぼる蟻の列
 
音聞いて一枚づつの落葉かな
 
広告のハム旨さうな冬電車
 
虚子眠るあたり舞ふものゆきばんば
 
石段のひとつ緩びて日短
 
縁側の鉢の隙間に日向ぼこ
 
暖房の戸口素早き出入りかな
 
一人づつ降りてゆきけり暖房車
 
標識がこんなところに枯葎
 
冬帽子眉毛のあたりおさまらず
 
おもむろに三脚立てし冬帽子
 
冬薔薇花びらすこし薄きかな


二〇〇七年冬の俳句(三)

道なりに行きつくところ冬の堂
 
茅葺の北窓塞ぐ杉の板*
 
やはらかく身をかがめけり冬木の芽
 
枯るる中手を打ち鳴らす橋の上
 
膜片のやうにまとひし冬日かな
 
虚子句碑へ冬日さしけり三渓園
 
子規記念球場小さき冬紅葉
 
青帽子揃いて冬の美術館*
 
冬天へ弦引き絞るヘラクレス
 
冷たさを確かめてゐる木椅子かな*
 
眩しさの中にありけり都鳥
 
不忍池深々と枯蓮
 
上野出で師走の坂を下りけり
 
竿となるまで幾年も冬の菊
 
冬晴の帝釈天や猫眠る


二〇〇七年冬の俳句(四)

店番をしつつマフラー編んでをり
 
顔ほどの大きな落葉顔にあて
 
継ぎ竿の細工ながめし冬日和
 
長屋門真正面に雪吊す
 
賀状書く合間に少し遠出かな
 
行く年の池の濁りや流れなく
 
太るだけ太りし金魚クリスマス
 
数へ日の水際に立つ足冷た
 
年の瀬の赤うつくしきショーケース
 
ゆりかもめ八幡さまへ潮の風
 
冬菊や江の島雲をあつめをり*
 
枯蔓や空には掴むところなく
 
矢印があちこちとんで古暦
 
ぴかぴかと隣の家のクリスマス
 
また霰降つてきさうな雲のあり*


二〇〇七年冬の俳句(五)

冬薔薇棘びつしりとあらはれり
 
ソーダ水はじけるやうに霰かな*
 
紫の幕の内なる寒牡丹
 
霰くる空ひとすみは明るくて
 
探梅の一つ二つに声あげし*
 
五右衛門の話聞き入る湯婆かな
 
雪吊の弘道館に入りにけり*
 
臘梅や蔵の奥また蔵のあり*
 
襖絵は狩野探幽寒の内
 
昼酒をたまはつてゐる白障子
 
繭玉や蔵町つづく空広し
 
鰻屋の寒にきしめる廊下かな
 
鳥総松武州川越鍛冶屋かな
 
初句会喜多院裏の鰻屋に
 
茅葺のよく日の当たる障子かな


二〇〇七年冬の俳句(六)

春近し競歩のやうに道を行く
 
寒さうな銅像の足二本かな
 
鎌倉の一戸一戸に寒念仏
 
りすが巣に帰る道あり藪椿
 
傘骨の突き出るやうに桑枯るる
 
熊笹に身を沈ませて狩の犬
 
枯木宿文机ひとつ野晒しに
 
炭焼の裏に廻れば獣道
 
春信の鯉の尾鰭の動きかな
 
榾明り座敷童の気配かな
 
ものの音みな閉ぢ込めし雪野かな
 
炉話や剥製の熊こちら向き
 
放たれて二手に分れ狩の犬
 
伐採の音こだまして寒明くる
 
水音に力をもらふ春隣


二〇〇七年冬の俳句(七)

赤き実を埋めて雪の白さかな